エンストは、エンジンストップではなく、エンジンがストールすること。
辞書で「STALL」を引くと、「自動車などで、エンジンが急に停止してしまうこと」と記されてあって、まさにその症状のことである。
240の商談のときなんかで、「急に停まったら困るんですが大丈夫ですか」とか「カッコイイから乗りたいんですけど停まらないですか」ということを尋ねられることがある。
お客様から尋ねられて嘘を答えるわけにはいかないので、「もちろん停まることはあります」と正直に伝えるけれど、そのあとに「今の車のようにすべてがコンピュータで複雑に制御されているわけじゃなく、シンプルに造られていて、ポイントも限られているので、その辺りにしっかりと手を入れてさえおけば、かなりそのリスクを減らすことができますよ」と必ず付け加える。
エンストのチェックポイントは、大きくいうと3つ、燃料系と点火系と燃料調整系である。
まず燃料系というのは、燃料(=ガソリン)をエンジンに送るシステム。
車の後方に置かれている燃料タンクからガソリンを汲み上げ、前方のエンジンまで送り出す役割を果たすシステムで、システムを構成する主なパーツは、燃料ポンプ(車種によっては、燃料を汲み上げるインタンクポンプと送り出すメインポンプに分かれるものがある)、燃料フィルター、燃料ポンプリレーの3点。
なかでも、燃料ポンプリレーは、エンスト原因のベスト3に入る弱点で、燃料切れのようなカタチで停まったときは、まずこれが疑われる。
燃料がエンジンに届かなければ、当然エンジンはかからない。
不確かな情報ではあるが、ヨーロッパの電装パーツは公害防止のために鉛の入ったハンダが使用できず、無鉛ハンダで各部を圧着しているために、ボルボに限らず欧州車全般に電装系に弱点があるといわれていて、燃料ポンプだけではなく、各部に使用されているリレーがイタズラをして、われわれを悩ませることは、珍しいことではない。
もちろん燃料ポンプ本体も、モーターの回転で駆動するものだから、寿命は当然あって、走行距離や使用状況にもよるが、10~12年あたりが、ひとつの目安になってくる。
点火系は、エンジン内で火花を飛ばして、ガソリンと空気の混合気を爆発させる装置。
燃料がエンジンに届いていてもスパークしなければ、当然爆発しない。
構成する主なパーツは、末端からスパークプラグ、プラグコード、ディストリビュータ(キャップ+ローター)で、メンテナンスに携わるわれわれとすれば、どれも消耗品という位置づけで、ブレーキパッドなんかと同じように、定期的な交換が必要(それぞれインターバルは違うが)なパーツだが、調子よく走っているときにはなかなか手を入れにくいパーツでもある。
車種によっては、プラグコードやディストリビュータのないダイレクトイグニションという点火装置があるが、この場合の各シリンダーについているイグニションコイルというパーツもやはり、経年で劣化する消耗品と考えてもいいパーツで、どこかのタイミングで交換が必要になる。
そして燃料調整系は、ガソリンと空気の割合、つまり混合気の濃度を調整するシステムで、昔はキャブレターという装置でやっていたことを、たとえば240なら89年以降ECU(Engine Control Unit)というコンピュータが制御するようになっていて、システムの構成要素が多岐にわたるので、エンスト要因の中ではいちばん厄介だ。
つまり、燃料がエンジンに届いて、きちんと火花が飛んでいても、混合気の濃度が適正でなければ、キレイに爆発しない(あるいはまったく爆発しない)ということで、問題はその「適正」を判断する要素がたくさんあるということだ。
たとえば、外気温の高低、つまり暑い寒いというのは、混合気の濃度調整のために必要な情報のひとつで、暑いときには薄めの、寒いときには濃い目の混合気が必要になる。
じゃあ、コンピュータが何でその気候の寒暖を感じ取っているかというと、エンジンの冷却水の温度で、水温センサーというパーツがその役割を果たしている。
この水温センサーがボケて、冬なのに暑いと感じてしまうと混合気が薄すぎて爆発できないし、夏なのに寒いと感じてしまうと、混合気が濃すぎて、スパークプラグが湿ってしまい、いわゆる「かぶった」状態になって点火しない。
他にも、最初に火がつく1番シリンダーのピストンの位置を知らせる(ピストンが下がっていればより多くの燃料がいるし、下がっていればあまりいらない)おなじみの「クランク角(RPM)センサー」や、吸入する空気の量や温度を測ってコンピュータに知らせる「エアマスセンサー」、アクセルペダルの開度を知らせる「スロットルポジションセンサー」など、20以上のセンサーが張り巡らされていて、それらの情報すべてをECUが演算解析し、適切な燃料濃度を燃料噴射装置に知らせている。
240や940についている「λ(ラムダ)」は、この燃料調整システムに異常がおこったときの警告灯で、その不具合の内容はコンピュータに記憶されているので、ほとんどの場合テスターをあててその情報を引き出してやれば原因はつかめるが、なかには、バキュームホースが経年劣化で破れていてそこから空気を吸い込んでいたなんていう、コンピュータの関知しない原因があったりもするから、メカニックが四苦八苦することも多いのだ。
まあ、これだけ解明できているわけだから、それほど不安にかられることはないですよ、というのがこの「エンスト」問題の結論だけれど、前にも書いたように、
われわれがプロとしてお客様に関われるのは、たとえばエンジンがしっかりとその機能を果たせるかどうかというような、いわば「物理」の中でのことで、答えのはっきりした世界だが、「安心感」や「不安」というのは、心の持ち方で、実体のない心理的なものだから、「物理=メカニズム」の問題が解決したからといって、それが「不安」打ち消すことや「安心感」をもつことに繋がるとは限らない。もちろん「物理」で、その不安を最小限にすることはできるが、最後のところは気持で乗り越えてもらうしかない。
というのもまた、真実ではあるわけで。
昨日の商談でも話が出たし、今も一台その症状で預かっている車があるけれど、いろいろと難しい。
再録20110624